伝統あるおもてなしに
新たな革命を

歴史

創業

戦前、花街の鮨屋で働いていた村上利と、茨城から出て丁稚奉公で修業を積んだ房子が見合します。二人は結婚しますが、すぐに戦争が勃発、ラバウル海域で九死に一生を得て、昭和20年にだるま鮨を開業しました。
目黒駅前がまだ広場だった頃、共同の水場でスカウトした仲間たち。宮川サエ子とヤエ子の姉妹は、その後60年間に渡ってだるま鮨を支え続け、利と房子の最期を看取りました。

2代目

二人の長男・利雄が二代目として店を継ぎ、昭和・平成の時代に渡り、目黒の大衆鮨としてご愛顧いただきました。利雄は目黒駅前商店街の青年部で「さんま祭り」を創設したり、鮨商組合の支部長を務めたりと活動の輪を広げていきます。頑固なイメージのある鮨屋に似合わぬチャーミングな性格が受けて、遠方からのお客様も多く訪れるようになりました。長女の幸子もまた、夫と共に兄夫婦を支えてきました。

3代目

二代目世代の高齢化に伴い、平成31年4月30日、昭和とともに幕を閉じましたが、長年店を支えてきた父を間近で見てきた娘二人が、その歴史と鮨という日本の食文化の誇りを次の世代に引き継ぐべく、お店を再開させることを決意しました。
どうしてもこのお店を残したい、その一心で再開を楽しみにしていただいている多くの方の期待に答えるべく、開店準備に奔走します。

仲間

子どもと従業員を育て上げ「家族のもの従業員のもの、一同をお守りください」と朝晩、仏壇の利に合掌
危篤の報に、日本全国から暖簾分けしたお弟子さんや仲間が集まり人工呼吸器を外した後の20時間、超人的な体力で、沢山の人に会い、笑いかけ、 話し続け、一睡もせずに最期の炎を燃やし続けた
そんな仲間と共に築いた目黒のだるまはまた起き上がる事となった