三代目だるま鮨
復活ストーリー

三代目だるま鮨の復活の裏側には、言葉にならないほどのドラマがありました。 多くの方々のお力をお借りして実現した復活ストーリー。これは、お世話になった皆さまにリアルタイムでお送りしていた全10回のリアルタイム実況中継、ドキュメンタリーメールです。長くなりますので、ご関心のある方のみご笑納くださいませ。

 

第一話

4月末に、だるまずしは、惜しまれながら70余年の幕を閉じました。最後1-2カ月は全国から足を運び、泣きだしてくださるお客様も多く、人間の生き様を考える機会となりました。本当に感謝に堪えません。この後、不動産を買い取り、各階の分岐工事を行い、2階部分で10月から「三代目だるまずし」を開業したいと考えています。得にならない選択ですが、苦労を重ねて創った先代の背中を見て育った長女の役目なのかな…、と、思ふのです。

5月7-8日、沖縄に出て行って戻らなかった弟が、9年ぶりに帰省し、2階の新店舗レイアウトを決めました。本人は目黒に戻る気はなく、沖縄で独立するそうで、その支援と引き換えに、東京の立ち上げを手伝ってくれることになりました。家族は驚きです。9年間、だるまずしで働きながら待っててくれた義妹との間には、夫婦しかわからない機微があるようで、二人とも嬉しそうでした。不器用同志の母息子対面は、ぎこちなく、素っ気なく、それでいて何とも言えない温かな空気に包まれ、見ていた私が泣きそうでした。照れ屋の父は、どうでもいい事ばかり、一生懸命に話していました。私が渾身で書いた10枚を超える手紙には、一向に心を動かされず、だるまずし復活計画に大反対していた両親が、弟を交えた初となる親族食事会で、「この次は俺の葬式だな」と照れ笑い。生きている間に機会が持てて本当に良かった…。少し、心を砕いてくれました。

一歩進んだものの、次の課題は、銀行融資と不動産改築。不動産屋さんが釣り上げ価格で、買い取りしなくてはならず、億を超える融資に手こずっています。当初、メガバンクさんと蜜月でしたが、最終段階で遺言書を書いてくれと言われ、私が怒ってしまいました。慌てた恩師が大阪から飛んできて紹介してくれたり、無謀にも、仕事関係の旧頭取筋からお願いをしてみたり、すしアカデミーの社長が紹介してくれたり…、皆さまに、首皮一枚繋げて頂きました。建築の用途変更も大問題で、地下厨房を賃貸に変更するのですが、役所の建築課や消防に掛け合うようです。設計会社も施工会社も金額と計画が不透明すぎて依頼できず、自分で行くしか無さそう。困ったら、どうか相談させてください。

5月から、毎日通っている「すしアカデミー」は本当にすごいです。一気に基礎技術を教わり、百戦錬磨の講師陣から人材の雰囲気が掴め、30余名の同志に出会え、業界の最新知識も得られる。これで80万円。リクルート代わりに行けば、とアドバイスくれたリラクの江口社長に感謝!
月金9-17は学校、18-23時は会社、早朝と深夜にママ業をして、融資と不動産譲渡を頑張ってみます。そろそろ開業準備も…。しかし、つい数か月前。不動産鑑定結果を前に、途方に暮れていた私が歩いてこられたのは、お尋ねし、出会い、励ましてくださった皆様のお陰です。

勝手ながら、ここにご報告と感謝を申し上げます。本当にありがとうございます。
★こんな社長なのに何とか頑張ってくれている会社のみんな ★無理難題な相談対応をしてくれる税理士/弁護士/司法書士の先生 ★当初より色々アドバイスくださった店舗経営のプロ・リラクの社長 ★不動産の仕組みや相場を教えてくれた旧藤和不動産の友人 ★不動産や資産管理会社の活用を教えてくれた電通の先輩 ★最強パートナーを引き合わせてくれた20年来の恩師・秋村組会長 ★朝食MTGに快く応じてくれた20年来の恩師カヌチャリゾート社長 ★目黒の不動産は買いたいから大丈夫と背中を押してくれた友人医師 ★融資話が停滞した時に金融活用法を教えてくれた公庫の友人  ★すし事業を丁寧に教えてくださった築地青空三代目の社長 ★ すし店事例や内装紹介して応援くださる共同PRの副社長 ★絶妙な「仏壇返し」アドバイスをくださった大和リゾート社長 ★困ったときは声かけて!負けるな!と励ましてくれる国交省の先輩 ★フージャースケア社長 ★CCRC事業の社長 ★的確な業界アドバイスや指南をくださるすしアカデミー社長 ★無理難題な頭取紹介のお願いを繋いでくださった顧問弁護士の先生 ★広告業と飲食業のW経営経験を丁寧に教えてくれた直子社長 ★だるまずし最後の瞬間を撮りだめてくれた産経の先輩カメラマン ★まあ困ったら何とかするよといつもお気楽に励ましてくれるJCB専務 ★電通先輩&同期&後輩の皆さん ★ソウルフレンドの皆さん ★最初から最後まで呆れながらも伴走してくれる啓一社長 ★とんでもない親に文句も言わず?共存してくれる家族のみんな
もう、本当に色々な方に励ましていただき、お世話になりました。
これから、もっといい報告ができるよう頑張ります。BCCにて申し訳ございませんが、まずは御礼とご報告のご一報まで失礼申しあげます。
乗り越えた際には、ぜひ、食べに来てくださいーーー。

第二話

前号の御礼メールから、ちょうど2週間。皆さまからのお言葉、本当にありがとうございました。この間もまた、多くの方々の支えをいただき、感謝でいっぱいです。道半ばですが経過報告をさせていただきます。

先週、沖縄で独立する、弟の候補店視察に行ってきました。

居抜きの噂が出ている店に、ひとり覆面調査で行ったのですが、探るうちに店主と仲良くなり、朝まで呑み交わして経営談義し、すっかりやる気が戻った店主は事業を継続するそうで、翌日、弟に、たいへん怒られました…。

いま、首里付近でお店を探して、出店計画を練っています。「鮨 むらかみ」「琉球寿司」…、店名は考案中。不味いと思われていた現地魚や沖縄食材に拘り、美味しく食べる「琉球の鮨道」を極めたそうで、まあ、楽しみでもあります。

すしアカデミーは、今日でようやく半分です。新店を一緒にやりたいと言ってくれる、仲間に出会えました!大人になった今の歳で、気兼ねのない同期の仲間たちと、新たな道を一緒に歩む機会は得難いもので、本当に感謝です。

また講師陣もパーフェクト!こんな業態はどうでしょうか?どの店が注目ですか?全ての問いに、百戦錬磨の猛者が回答。新規事業のカウンターパートナーが何人もいるという、ありえない環境に身を置かせていただき、感謝しています。

懸案の不動産は、大林組の同級生が見かねて船を出してくれ小さな店舗に、超一流の建築関係者が何人も!不安要素を片付け、解決の道筋を描いてくれました。ほんとにありがとーーー! もうちょっと、お世話になります!

そして銀行融資も、恩師の皆さまのお陰で、微に入り細に入り、丁寧なご対応をいただき、真っ暗だった道に街灯が灯りました。親身になっていただき、感謝でいっぱいです。本当にありがとうございます。 来週には動きます。

5月24日新会社「三代目村上商店合同会社」を設立し、登記しました。いよいよ一歩、前に進みます。次の課題は、融資契約と親族からの不動産譲渡、果たして、すんなりいくものなのでしょうか?人生初です。そしてテナント募集に、職人さんリクルート。人生初です。ついでに、再婚相手も募りましょうか、人生二度目ですが。
『再婚』に比べると、その他の全てのことは易く見えるので、なんだか不思議な勇気が沸きます。

こうして進めるのも、支えてくださる皆さまのお陰です。本当にありがとうございます。 まだまだご迷惑おかけいたしますが、 引き続き、どうか、ご指導賜りたく、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

第三話

皆さまにご報告メールをしたのが5月末。2週間が過ぎました。今日あたり順調報告をするはずでしたが、自分の器の狭さや、人間性の低さに辟易する事態が起きていまして、どのようなご報告をすべきか、、、なかなか書く事ができません。不安の渦中ですが、まずは進捗報告をさせていただきます。

6月に入り、不動産の実務手続きが迫ってきました。親族との相対取引なので、細かい相談に乗っていただきながら、契約書などの実務をしてくださる方をご紹介いただきましたが、、、、この経緯が、またドラマのようなんです。

お会いしたのは、不動産業界の寵児と話題になった、「アーバンコーポレーション」で全実務を担ってきた、超実力者のお兄さま。名前をググると当時のお話がたくさん出てきますので、伏せますが、線が細くて目の澄んだ、優男風の美男子で、息子さんがご一緒でなければ、思わず惚れそうな影のある人です。

おそれ多いやら、どきどきするやら、あまりお話は出来ませんが、皆での食事時に、先に帰る寡黙な彼が、暖簾の奥からこちらを覗き込み「きちんとやりますから」と、一言。長めの前髪が揺れ、斜めの眼差しが、まるでドラマのワンシーンのようでした。約束通り、後輩の方がものすごく親身な対応をして下さいます。

先週末は叔母を訪ね、初めて向き合って全ての経緯を話しました。右も左も見えず途方に暮れた中で、皆さま方に助けてもらった事も。反対していると思っていた叔母と伯父が、「よくここまで勉強したね」と。もう、思わず号泣でした。
誰にもわからないはずの努力の跡を、うんうん、と聞いてくれて「他人に渡らなくて、少しホッとしてるのよ」と。先代の苦労を誰よりも見てきた人なんだなぁ、と熱いものがこみあげました。

銀行は某大手地銀様にお世話になります。無理を言ってお願いした旧頭取のお嬢さまというたいへんなご紹介筋のおかげで、私達の立場に立った親身なご対応を頂き、深く深く、感謝しております。司法書士の打合せも終え、書類も整い、口座もカードも出来上がり、いよいよのタイミングとなりました。

ところが、ここで大きな事件が発生。私の説明が悪かったのか、きちんと伝わっていないせいもあり、父の弁護士が担保提供に難色を示し、このままでは白紙撤回??という事態に、ついさきほどなっています…。

すでに色々な方々の人生や、物事を巻き込んでいるので、動転した私は、自分の至らなさを棚に上げ、伴奏してくれる先輩に愚痴って、ものすごく怒られたところです。いま。。。

「愚痴ってるお前が一番利己的や、頭を冷やせ」と言われ、ああ、本当にそうだな、と痛感しました。このメール、ご関係者にも送っているので、ご心配をおかけして本当にすみません。もう一度、ちゃんと向き合って話をします。きっとこれも、乗り越えるべき壁だと思うので、ほんの少しだけ私にお時間をください。

こんな時になんですが、、沖縄の弟から一報が入り、第一希望の国際通り付近で、とても素敵な居抜きの店舗が見つかりました。100万下がったらGoする予定でしたが、80万まで下がって何とか目処がつきそうです。彼の鮨は本物だから、どうか順調にいって欲しい。

中途半端な途中報告となりますが、これからもどうか懲りずにご指導賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

第四話

いよいよ7月、前回の中途半端報告からちょうど2週間ですが、6/28に、無事「すしアカデミー」を卒業しましたーー!!

“2か月ですし職人を養成する” だけあり、月-金9-17時で学び、23時まで出版業務、深夜に不動産準備、早朝に3食作る生活で、睡眠は毎日2-3時間。4キロのダイエット!?になりましたがこの週末には、早くも戻りつつあります…。
勝手ながら『青春写真』を添付します。同志の仲間と共に歩むことができた、人生でとても有意義な時間でした。

さて、肝心の不動産譲渡ですが、まさかの「延期」です…。でも、担保イザコザがあったことで、親子間衝突も出来て、しっかり向き合う事になり、前向きな延期だと思っています。

実は、初告白しますが、銀行さんには私の「すし屋」復活はナイショでして、不動産譲渡を先行し、その後に、テナント募集を行う予定でした(売却を目論んでいる不動産会社がいるので、邪魔されないように、先行譲渡する計画でした)。
しかし、担保イザコザで、テナント決定後の譲渡になり、洗いざらい話して延期した次第です。

こうして振り返れば「ああ、そんなことか」と思えますが、渦中の私は一大事!次々起こる計画変更に、心身がまったくついていかず、深夜の会社で、ボロボロ泣いてばかりいました。
今ではようやく「不動産なんてそんなもんや、変更は当然。慣れてないからびっくりするだけや」と励ましてくれた先輩の境地が少しだけわかる気がします。 と言うわけで、目下、テナント大募集中です!! 詳細を添付しますので、ご紹介先があればぜひ!テナントさんから仲介手数料を頂ければ客付け不動産側にお渡しできるそうなので、どうかよろしくお願いいたします!

そうそう、またドラマがありました。順調だと思っていた沖縄店ですが、弟の店舗に出資したいという方が突如現れ、一昨日、お会いしてきました。
東川口駅に着くと、真黒な高級ベンツに、真黒なサングラス。助手席に茶髪の奥様がいなければ、躊躇うような車に乗り、彼の家や会社が何軒もあるという町を案内して下さいました。
どうやら沖縄には、すし屋の勢力分布があり、片方を担ぐと片方が敵になる、ような世界があるのだそうです。「だから俺が(弟を)担ぐべきなんだ、敵だと困るでしょ」と説明を受け、法人化して株式発行するのはどうかと持ち掛けていただきました。うーん…、でも、どう考えても最初からうまくいくはずもなく、赤字事業になって揉めるでしょうに、どうしたものかなぁ……、と思案中です。

次から次に、笑っちゃうほど、色々なことが起きてくれます。決して、キャパは広くないのに……。
だるまずし復活プロジェクト、9月末オープンができるのか!?

テナント募集、不動産譲渡、板長募集、メニュー開発等など前途多難な日々です。開業三ヵ月前!とは、とても思えない状況ですが、それでも、前回より気持ちは楽になりました。

進まない進捗報告ではありますが、これからもどうか懲りずにご指導賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

 

第五話

7/2に延期報告をしてから2週間。ついに、ついに……
億の債務を抱える人生に突入しましたー!

前回「すしアカデミー卒業しましたー!」と同じノリの報告ですが、やはり重みがずっしりと、両肩に乗っかっています。
というのも、文末で告白しますが、時を同じくして、なんとついに、とうとう、10年ぶりのシングルマザーに……!?

7/12当日は、祖母の墓前報告からスタートして、両親へ挨拶、融資調印/不動産譲渡/登記手続/税務相談と深夜まで追われ、アドレナリン噴出でしたが、翌日ふと我に返り、通帳片手に子供の学費算段を指折り数えるような、小さな肝の持ち主で、我ながら、既に前途が不安です……汗。

テナントもまだ最終決定しておらず、困って相談した出前館の利恵社長が、すぐさま各社社長に直メしてくださり、翌日には大手牛丼会社の社長から直々のご連絡が……。ホントすごいなー、溜息ばかり。利恵社長、大感謝です! 隣に松屋・斜めにすき屋立地なので今回は残念でしたが、お肉系やお蕎麦系のお店と再交渉をさせてもらっています。

そして、私、鮨屋でアルバイトを始めました。

「はぁっーー!?」と思いますよね? 私もそう思います(笑
しかし、経営目線で鮨屋を見たことがなく、恥ずかしながら、厨房の業務やオペレーションイメージが湧かないんです。それで、業界ナンバーワン繁盛店に面接に行ってきました。

「まんてん鮨」。まだ20店舗強の経験値ではありますが、私の食べ歩き一押し店舗です。
6000円ワンコースのみ。坪単30万が合格店・40万が繁盛店と
いわれる鮨業界で、なんと坪単100万を叩き出すと言われているお化け店舗。
「ママ、今日も皿洗いに行くの??」と不思議な顔で送り出されて出勤してますが、超繁盛店だけあり、全てが勉強! 

しかし皆さまはどーか来ないでください。まんてん鮨の店長さんには嘘はつきたくないので、「すしアカ卒業し、将来は鮨屋を経営をしたい。今は小さな会社を経営しているので、時間の融通がつきます」と正直にお話しして雇用してもらいましたが「目黒の鮨屋が実家です」とは言っておらず、ちょっと(だいぶ?)後ろめたいです。今日で4日目、体はきついですが日々勉強です。

そうそう、前回ご報告した弟の沖縄店舗。
和食の素敵な居抜店を譲り受けました。出資希望を賜った「黒塗りベンツのオーナーさま」には待ってもらうことにして、まずは個人事業として、オープン準備をします。沖縄に行かれる方、「牧志付近 りっかりっか湯の向かい」にございます『鮨 むらかみ』。この秋、開業予定ですのでどうかご愛顧くださいませ。すし大修行を経た腕は本物です。

最後の最後、プライベートの極みですみません。最初の離婚から10年間。かなり本気で惚れ抜いてた人から、
この度「卒業」することになりましたーー。
一気にいかないかも知れませんが、もはや後にも引けず、これからの人生は(も??)前進あるのみです(笑 
がんばりますーーー。公私共に情けない限りですが、これからもどうか懲りずにご指導賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

 

 

第六話

多額の債務を抱えて2週間。いやーーシビれますーー!収入ゼロなのに、毎月利息30万円が飛んでいく、の現実に、痛みが麻痺してきましたーー(苦笑。

生命線とも言えるテナント関連で、思いもしない事態が発生! 素敵な店舗さまにラブコールいただき、相思相愛なんですが、「電気・水道・ガス」で、大きな落とし穴が……。変電機入替に6カ月、水道掘削工事に3か月!えーーー!!?? 6カ月だと180万円の利息返済!?いや、それは無理です。。。という事態に直面しています。さあ、どうしたものか…。

出版業を営んでいる弊社の役員に、大物政治家風貌(?)の方が居まして、色んな人脈をお持ちでいらっしゃるのです。ただ、それが凄すぎてしまい、お願いしようにもできない局面が多く、この話をした時も、東京電力HD現社長に直パイプがあるから話すか?と。

いやいや、いやいや、いやいや。困ってはいるのですが、個人店の変電機話をする筋では当然ありません。「水道ねぇ、じゃあ、都議会議員から話を入れさせるか、えーっとあいつだな」、と……(汗)。いやいや大丈夫です、と言ったものの大丈夫ではない事態。役員サマが頼りになるのかならないのか全くよくわかりません。まずは自分で水道局に出向いて、現場交渉を進めてみます。

続いての事件は、ハローワークでの求人募集。思いっきり喧嘩してきちゃいました。あまりに理不尽な対応がどうしても許せなくて、厚労省に直電して注意喚起してもらう、という騒動を起こしてしまいました…。これじゃあ、うちの役員サマと同じだわ、と猛反省。
すったもんだの末に、何とか受理して掲出となりましたが、あーー、もっと普通に手続きを進められる人になりたい。それにしても、飲食業で人材を募集するというのがどれほど困難な事なのか、この時は全くわかっていませんでした。

そして、超繁盛店での鮨屋アルバイトは続行中です。「ママ、今日も皿洗いだね」とからかっていた娘たち。何やら本当にお金が無くて可哀そうだと思ったらしく、あれだけ言ってもやらなかった、家の勉強を始めました。うーん、これもまた漁夫の利かしら?
厨房機器、食器、客層、レジ締、オペレーション、接客、予約管理などなど、本当に勉強になる事ばかり。 先日も坪100万を軽く超える繁盛ぶりで、猛烈に忙しいのです。あと数カ月で辞めると言いだすのが辛いなぁ…、どなたかアルバイトしませんか??

そうそう、弟の沖縄店ですが、またドラマになりそうです。9年間別居し、だるまずしを支えてくれた可愛い義妹に対して、沖縄移住するか?離婚するか?と勝手なことを言い出す弟。悩んだ彼女は、開業準備を手伝いに、2週間沖縄へ行くことに。さあ、どうなることか…!?ただでさえ熱い沖縄が、この8月も熱い山場となりそうです。

前に(第二弾報告メールで)、首里城付近の居抜候補店長と呑み明かし、やる気になってしまった話を書きましたが、後日談があるんです。出版業の会社で沖縄の長寿食をテーマにBS-TBSの番組を作る事になったのですが、すっかり仲良くなった首里城の店長を大抜擢。番組出演してもらいました、笑。長寿の食卓を再現して、元気な高齢者(店長の親族)を集めて取材し、9月のアルツハイマー月間に放映します、笑。スポンサーさんも「沖縄でよくこんなぴったりなお店が見つかったね」と大喜び! 人生どこで何が起きるかわかりません。

だるまずし復活計画のコンセプトは「七転び八起き」
これは、あまりに転んでばかりいる私を見かねた元小学館プロダクションの友人が、クラウドファンディング製作時に制定してくれました、笑。開業資金で200万を集めたいのですが、道のり長し…。
https://camp-fire.jp/projects/170989/preview?token=1iaijiwr
毎回、勝手な近況報告で、煩わしくて申し訳ございません。 公私共に色んな事で転んでばかりですが、だるまのように起き上ってみたいと思います。これからもどうか懲りずに、ご指導賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

 

第七話

暑かったお盆が明けましたが、いかがお過ごしでしょうか?秋が近付き、少し高くなった月を見上げて思うのです。どうしてこんなに、いろいろな事が起こるのだろう……(笑 。あれから3週間。瞬速で時間が流れていきます。

水道工事に3か月!
と聞き、品川区の水道局で直談判。しかし事態は変わりません。
目黒駅前のバス停下に本管があり、都道掘削で夜間工事になる。時間もお金も相当かかるし、コアナ(掘削)業者が必要と言われ、片っ端から電話してみましたが、この時期はみな忙しくてNG。

困り果てたところに、父が一言。
「あのさぁ、だるま鮨のお客で、水道会社の社長さんがいるよ」

え!?全てを自分が仕切らなきゃ、と勇み凝り固まっていた私。会社とバイトと開業準備に追われ、誰の話も聞いてなかった。
父の友人だと言うその方は、品川一の水道会社を創業した人。後継ぎの息子さんが速やかに動いて、水道局の担当者と直談判。結果、素晴らしい提案を下さり、全ての問題が解決。そう、本当に解決しちゃったのです!
自分の器の小ささに辟易し、長い歳月をかけて店を守り続けた父への感謝が足りていない自身を恥じる出来事でした。

こんな私に対して、神様が天罰を下されたのでしょう。一件落着したその直後、バイト先のまんてん鮨で肩靭帯を断裂、救急病院に搬送され、薬の副作用で意識が遠のく事態に……。尋常じゃない痛みで床に転がりまわり、一睡もできません。
ところが偶然に訪れた病院で、スキー選手時代の主治医で、日本一の名医と詠われる栗山先生と奇跡的に再会します。当時、大病院を5件もはしごし、医師の誰もがわからなかった腓骨骨折を見破り、植骨手術をしてくれたあの栗山先生がいる病院だとは、ありえない偶然……。

ツイているのかいないのか、よくわからなくなりましたが、手術もせずにメキメキと回復、本格的なリハビリも開始して、今週からは、ほぼ普通の生活ができるようになりました。
懸案だったバイトも、惜しまれながらも「怪我では仕方がないね」というスムーズな退職をさせていただくことに。ものすごい痛みとの闘いでしたが、結果として、たくさんの廻りあわせに、もう感謝しかありません。

ここだけ後日談ですが、このタイミングで肩靭帯の断裂が起き、意識が遠のく痛みに全てを諦め、またそれが、驚くほど速く完治に向かうという事は、今から思うと、天から創業者の使いの使者がやってきたのではないかと微笑ましくなります。

そして、この使者。その後もまた、ありえないような廻り合わせを持ってくるのですが……。この続きは、第10話でお話します。

しかし、まだまだ前途は多難。すべての多難は、自分に起因しているとよくわかるのですが、頭で理解していても、なかなか解決まで至りません。


■億を超える借財を抱えて、収入はゼロ。今月もまた利息だけで30万円が飛ぶように無くなっていきました…。

■今日から解体工事が始まる、というその日にシャッターが壊れて、工事延期になっています…。

■契約書を調印し、保証金も受け取ったテナントさんに対し、管理会社から「ちょっと待った!承認不可」の通達が入り…。

■2社を断り進めようとした内装会社さん、1カ月を切った本日、当初と異なる想定外の見積を提示いただきました…。

■WEBサイト制作の発注先に50%着手金を振り込んだら、音信不通になり、先週から連絡がつかないのです…。

■適任人材がいる、と期待していた採用会社の担当者が退職、引き継ぎが遅れ、採用がオープンに間に合わない事が判明…。

■9/8に迫ったサンマ祭り。オープニングパフォーマンスを計画 していますがサンマ不漁で1匹1000円。どうしたものかと…。

これ、全てが現在進行形の未解決事項でして、どれも解決の糸口が見えていません。が、もはや驚かなくなりました(苦笑。すべては良い方向に繋がっていると、自分に言い聞かせて、一つ一つ、超えていくしかありません。
ですよね…?
こちらを拝読くださっている大先輩の皆さま方が、きっと過去に、幾多を乗り越えてこられたように、ココが踏ん張りどころだと、頑張ってみます。

毎回、勝手な近況報告で、煩わしくて申し訳ございません。
今回は七転び八起できるのか、相当心配になってきましたが、これからもどうか懲りずに、ご指導賜りたくお願い申し上げます。

第八話

 

大好きだった夏が怒涛のように過ぎゆき、いよいよ明日!
さんま祭りを迎えます。
あれから2週間、もはや時間の感覚が鈍くなっていますが、ドラマティックな事件が数々起こり、映画顔負けです……。

外資ファンドが登場!
シーンと静まり返った会議室。7人の地権者と管理組合に、テナントさんと不動産会社。初対面の15人が息をのむ中で女性の声が冷たく響く

「とにかく、これでは承認できません」

相思相愛のテナントさんは「ひとり焼肉」。調印も終わり、保証金も入金、解体工事が終わるころに「待った!!」の声。
ビルの95%を保有する外資系ファンドの方から焼肉の匂いと煙、油と音が承認出来ないという声があがり、臨時の地権者総会を開催することに。

ええーー!!?? いま? 今ですか!? だって、もう一ヶ月も前から話しているのに、なんでこのタイミングなのー!? 

私もびっくりですが、焼肉屋さんもびっくり。関係者全員が、まるでお葬式に出席するよう顔で集まってきました。「大丈夫。すべてはいい方向に繋がっているから。そのために通るべき一歩だから」と励ましあって緊張の面持ちで臨時総会に挑みました。

後からわかる事ですが、仲介をしてくださったり、間に入って説明してくださったりする方がたくさん登場すればするほど、当事者同士の話は伝わっていないものなんです。みな、良かれと思って動いてくれているのですが、伝言伝言×伝言伝言では、どうしたって伝わりません。

会場中が静まり返っている。そりゃあ、そうだ。臨時招集という物騒な場に、物騒ないでたちの私や焼肉関係者の皆さまがズラリと並び、みな、いかつい顔をしかめている。

冒頭に挨拶の時間をいただいた。ここぞとばかりに、大和リゾート社長からご指南いただいた「仏壇返し」から開始。
この地で創業し、生き抜いた先祖に恥じない生き方がしたい、そのために苦渋の選択をした。それがテナントさんの誘致と2階店舗での鮨屋再開なんですと、訥々と語った。テナントさんは、牛角創業者・西山社長の会社であること、ダクト会社は上場企業が担い最新鋭の無煙消音機器を設置すること、300店舗の実績があることを説明をするも、膠着状態…。

シーンと静まり変える中、沈黙を破ったのはご高齢の地権者の一声だった。すると他の方々も、ここで商売を続けてきただるま鮨を応援したいと、各々に声をあげてくださった。

胸が熱くなった。泣きそう。みな見ていてくれたんだ。先代の努力を、創業者の姿を遠くから見ていてくれた方々だった。

会場の風向きが変わる瞬間を捉え、ダイニングイノベーションの三枝さんが渾身の一言。
「絶対の自信がありますのでこのままやらせてください。問題が生じたら全責任を持って対処します」と。

『神様は、背負えない荷物は背負わせない』
『人間、万事塞翁が馬』

これは、前号報告を読んでくださった、大手出版社で顧問を務める大先輩と、国交省で最も出世した女性として注目を浴びる大先輩が声をかけてくださったお言葉。お二人とも憧れの方々だ。

そうかぁ。こんな凄い人も幾多の困難を前に、こうして、自分に言い聞かせて苦難を超えてこられたんだなーと、思うと、返信メールを読んでいた電車の中にも関わらず、涙が溢れて止まらなかった。

緊張感で張り詰めた地権者会議は一転、幕を閉じる頃には、出席したすべての方々が応援くださることに。
コツコツと愚直に働き続けた創業者や先代の姿勢に助けられ、温かな地権者様、素晴らしいテナント様とダクト工事会社様、仲介不動産様、心を砕いてくださったファンド会社様、管理組合様、すべての方に助けていただき、前に一歩進みました。

2週間前には、前が見えないくらい前途多難だったことまで、不思議なくらいの七転び八起で、事態が前に進み始めます。

■相変わらず収入はゼロなので、借金返済は続きますが…。

■止めていた工事が無事に再開でき、1階地下の姿が変わり始めました。焼肉屋さんは10月中旬オープン予定です!

■想定外見積もりだった内装会社さん、デザイナーさんが交渉してくれたおかげで実現可能なラインになりました!

■50%着手金を振り込んだら音信不通になったWEB会社さん。月末にようやく連絡が取れ、ふたを開けたら素晴らしい出来に!まだ80%完成ですが、こんな感じです。
(三代目だるま鮨) http://darumazushi.com/

■板長がオープンに間に合わない事件で、義妹と緊急協議。すし学校を退職された熱血講師にご指導を仰ぐことになり、結果、素晴らしいメニュー開発ができ、目下、取組中です。 更に、板長が見つかるまでの初月は父と叔父が交代で板場に立ってくれることに!

■明日開催「目黒さんま祭り」は2万人が来場するお祭り。すし同級生ら20人が手伝ってくれて史上最大級の規模となる「さんま握り3000貫」を路上でパフォーマンスします。
懸案のさんま高騰から探し当てた北海道の仲買人さんが、協力してくださり、冷凍さんまを直送してくれることに。

■さんま祭りのリリースを配信したところ、産経新聞さんが、まさかの一面報道(添付)してくれました!
共同PRの副社長も全面協力してくださり、昨日読売新聞さんからもお電話が! 仕入れたさんまの売残りが出ると困るので紙面になるといいなー。

確かに、まだ課題は山積しています。
電話工事に2か月かかり、開店後の電話不通が決定したり…、
台風15号が近づき、今から夜を徹して10人体制で仕込むさんま握りが売れ残る可能性が出てきたり、そもそも1000食分なんて、前人未到の販売が達成するのか疑問だし、昨日何故だかいきなり保健所さんから指導の電話が入ったり、、、まあ、色々起きてくれます。

しかしながら塞翁が馬なので(笑)、もう怖くなくなりました。

毎回、勝手な近況報告で、煩わしくて申し訳ございません。
あと2回で全10回を迎えるので最後にしようと思っております。


10/1のオープン予定までに、あと何度、七転び八起することか。
これからもどうか懲りずに、ご指導賜りたくお願い申し上げます。

 

 

第九話

 

街路樹が色づき、祭囃子が鳴り響く季節になりました。
実りの秋を迎え、いかがお過ごしでしょうか?
26名の力が集結した「目黒のさんま祭り」
48時間ドキュメント番組を制作をしているかと思うほど、密度の濃い二日間でした。

「コラァー!!ここで何してんだ! 責任者出せ!!」

さんま祭りオープニングは、主催者の怒声で幕開け。
すごい剣幕で怒鳴っておられます。
前夜から夜を徹して創り抜いた1000食3000貫。みなの想いが詰まったさんま鮨を絶対に完売する!!
もう、その一心しかありませんでした。

威勢の良い朝礼を行い、戦闘気運が高まるスタッフたち。付近の神社に挨拶すべく歩き出した矢先の出来事でしたが、威嚇していると勘違いされたのか、なぜか怒鳴られてしまいます。
実はこの日、通報で3回の保健所立会が入ることになるのですが…、どうにも目立ち過ぎてしまったようで、何かとご注意をいただきます。

9時から販売開始し、声の限りに叫び続けて5時間経過。
まだ1/3残。そこへ台風雷雨が直撃して、会場の2万人がみな一斉に駅へ駆け出します。
「ざる持って!詰めて!売りに行こう!」誰かの掛け声で、大ザルにさんま鮨を積み、来場客を追いかけ駅へ走る。

「売らなきゃ!駅で売る!ダメでも売る!改札脇で売る!」
と勇み、階段を駆け上がる私をスタッフの一人が制した。
「無茶しちゃダメです!目黒で商売できなくなります!」と言うや否や、大ザルを抱えて、土砂降りの道路に向かって階段を駆け下りた。全身ずぶ濡れになりながら、降りてきた階段を見上げて彼女が叫ぶ。

「皆さん、昨晩私たちが作ったお鮨は雨で販売ができません。1本500円でお譲りするので買いませんか」と声を張り上げている。

泣きそうになった。いや、泣いた。
リーダーも私も階段を駆け下り、3人でずぶ濡れになり、声を張り上げた。お客さんが次々に降りてきてくれた。

ちょうどザルのお鮨がなくなったころ奇跡的に雷雨が過ぎ去り、晴天がもどる。持ち場に戻り、声の限りに叫ぶ。残り1時間、まだ500人残。
注文したお皿が届かずに慌てるが、リーダーが知恵を絞る。
保健所の立ち入り検査も、もう焦らない。洗い場を回す人、手作りのぼりを作る人、炎天下でひたすら炙りをやる人、みなの団結力が高まり、一体感がどんどん高まっていく。

1000食。完売のカウントダウンに声が上ずってくる。 息が苦しい。 最後の一食、皆が抱き合って喜んだ。
燃えつくした…。本当に立っていられないほど。
もう、お店がどうとか、板長採用ができていないとか、オープンの目処が立たないとか、どーでも良かった。この時は…。
いま、この瞬間を死ぬほど充実して、燃焼したことが、何よりも心地よかった! あーー、みんな大好き!

さんま祭りの奮闘ぶりを取材いただきました、みな最強の笑顔です。
(さんま祭り記事)
https://www.sushiacademy.co.jp/archives/456
あーー、みんな大好き!

寝具に吸い込まれるように眠り、翌朝、ふと気がついた。

あれ?? オープンまで、あと20日…。

内装工事も着手してなければ、板長採用もできていない。もちろんメニューも無ければ、皿もない。だって、カウンターができて無いんだもの…。
あるのは、さんま鮨レシピと、配布用パンフレットだけ。冊子はあっても、姿がない。

オープンまで、あと20日…。

ところが、ここでまた奇跡が起きるんです。
あり得ないような…。

本日、三代目だるま鮨オープニングご案内状を郵送いたします。
小さな小舟で乗り出した、だるま鮨復活プロジェクト。
皆さまの多くのお力添えを頂き、素晴らしい姿に生まれ変わり、
再開することができそうです。
この場をお借りしまして、心から御礼を申し上げます。

次回、最後のメルマガになる予定です。
よろしければ、ぜひお運び頂ければと願っています。

今後も出版と鮨屋と母親と、三足わらじでいきますので、皆さまにはいずれかの分野で、引き続きお世話になります。
ご迷惑をおかけしないよう頑張りますので
どうか、懲りずに、ご指導賜りたくお願い申し上げます。

 

 

 

第十話

 

秋色のカレンダーがパタパタタと捲れ、今年も残り僅か。ときが瞬速で流れていきます。

ちょうど一カ月前、怒涛のさんま祭りを終えた直後、9月13日の出来事でした。まだ祭りの興奮が冷めやらぬまま、霧の中を歩くようにお店の内装工事に着手した翌日のことです。

「ちょっと、、、。図面ありますか?」
「これダメだな。いやぁまいった。発注しちゃった? 回線の申込はした? えっ?まだなの!? いや、本当にダメだなこれ、間に合うのか? 開店はいつ?」 「え!? 10月1日!? 本気なの? うーーん……。」

黙りこくってしまった。
あのーーー、すみません。いま、採用面接中ですよね……?
私の目の前で「ダメだ、ダメだ」を繰り返しているアナタは、6人目の応募者の方ですよね? あのぉ…、履歴書の説明もまだしてもらってないですよね?

「テンポス(←厨房機器の専門事業者)は誰? 吉川さん? 
ならイケるよ。すぐ電話して、変わるから」
「吉川さん?俺、わかります? いや、戻ったんですよ、まあいいや。いま目黒の店の発注受けたでしょ。あれ変更したいんです。舟形キャンセルして、コールドにしてくれないかな? これも要らない。代わりにこっち
が欲しい。もう出荷した? だって注文したの昨日でしょ?大丈夫だって、こうしてあーやれば、変更出来るって、お願いしますよ」

は…? え…?

この人は、いま注文をキャンセル変更したの?まさか、本当に!?
「大丈夫だって、良かったよ。致命傷だったからな。で?、後は何がどれだけ進んでるの?」
採用面談の立ち位置が逆転してしまった。
この厨房機器変更がどれだけ重要な事だったのか、後から痛切に
わかるのですが、この時は「唖然」でしかありませんでした。

不動産騒動が長引いた上に、前人未到のさんま祭りに完全燃焼し、
気がつけばオープンまで半月。内装工事の初日に採用面談を始め、5人の方にお会いしたところでした。

半信半疑で出した板長の求人広告には、10人以上の方が応募してくれましたが、現大将だけはあまりに別格。

面談が教壇になっちゃうし、話を聞けば聞くほど凄すぎるキャリアに、人間性にも裏表がありすぎて、私のキャパを遥かに超越してる。
さすがに一晩悩みましたが、共に歩くと決めました。

そこから半月。
オープン初日を経て、さらに半月。
筆舌に尽くしがたい一か月。あまりに濃すぎて何が起きているか、何をやってきたのか、もはや何も覚えていなし、説明もできないほど。

私の人生もかなり濃い
と思っていたのですが、体力と能力の限界を超え続けて、朦朧と
しながら走り続ける日々。初心者がフルマラソンを完走しきる瞬間って、こんな感じなのでしょうか。ここまで濃密な時間は初めてでした。

こうして、数えきれないほど多くの皆さまに支えていただき、創業者の命日である「10月1日」に、復活の狼煙をあげることができました。
本当にありがとうございます。
オープン初日、墓前から「ありがとう」の声が聴こえたような。
育ててくれたあの人の柔らかな笑顔が浮かび、涙が滲みました。

コンセプトは「喜びを分かち合う鮨屋」
昔から寿と書くように、喜びごとで使われてきた鮨。
そこにはお客様の人生と、スタッフの人生が重なり合って紡いで
きた時間があります。きっとその時間を、歴史と呼ぶのでしょう。
先代たちが培ってきた素敵な時間を、私もまた紡いでいきたいと
願います。

先週の出来事でした。
ボディコンシャスな服に身を包んだ、綺麗な大人女性が来店され、
お祝いに出前を取りたいけれど素敵な感じで作ってくれない?と。
場慣れした雰囲気の方でしたし、初めての出前にもどきどき。

新大将が張り切ってくれて、スタッフからため息が出るほど美しい盛り込みを施して、お届けしたら、あと2人分追加したいんだけど、と。
追加を届けたら満面のにこやかな笑顔で「お釣りはいいわ。素敵
なお鮨をありがとう。サービスしてくれたんでしょ。孫のお祝い
だし、あなた達も開店のお祝いでしょ。寿は分け合いましょ」と

コンセプトを言葉にしたものの「あぁ!これがそうだ!」と実感した出来事でした。
配達の帰りに坂道をから広がる空を見上げ、思わず聞きました。
「お祖母ちゃん、これが喜びを分かち合うってことでしょ?
みんなが紡いできたのは、こういう瞬間の積み重ねなのでしょ?」

青く澄んだ空から、優しい声が聞こえた気がします。

どうか皆さまも、人生の一コマをご一緒に、
この店で過ごしていただければ嬉しいです。
想いだけしか持っていなかった私ですが、凄腕大将と温かな仲間
のおかげで、胃袋を徹底的に満足させられる理想を超えた素敵な
お鮨をご提供できることになりました。

だるまずし復活プロジェクト。
皆さまに支えていただいた10か月間があり、ようやくここまで、たどり着くことができました。本当にありがとうございます。
最終回となるご報告メールは、もっと早くにお出しすべきでしたが、昨日の台風のお陰で初めてゆっくり眠ることができ、体力と気力が追いつきました、笑。 

まだここから。歩き始めます。

末筆となりますが、
皆さまの益々のご健康と幸せな日々を心から願っております。
未熟者ゆえまだまだ悩み苦しむ事になり、壁にもぶつかるでしょう。そうしたら、またご相談メールを出させていただくかも知れません。どうか今後ともお力をお貸しいただきたく、ご指導とご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

 

全10話の復活ストーリー。すべて実話です。これを書き終えたときには、もうドラマは終話したと思っていました。

ところがどっこい。さすが「七転び八起き」というだけに、まだまだすんごい事実が目白押しなんです。事件に巻き込まれたり、ありえない偶然の出会いがあったり、二代目との新たな確執や感動のドラマが巻き起こったり……。当分の間、ゆったりはできそうにありません。まだまだ終わらぬ「三代目だるま鮨ストーリー」をどうかご一緒にお楽しみください。次回は、ご来店くださった「あなた」様が主人公です。